結木礼のちょっと怖い話

結木礼(ゆうき・れい)ライター・編集者。怖い話を中心に、ゆかいな話、おもしろい話など、ゆるゆると書いていきます。お問い合わせは下記URLからお願いします。 https://www.yuki-rei.com/otoiawase

ハリガネムシ

夏休み、どこかに連れて行けとうるさい息子のリクエストにこたえて、渓谷にやってきた。
河原で火を起こして、家族そろってバーベキュー。
自然のなかで食事をするのは、やっぱりいいものだ。
息子も妻も、うれしそうに笑っている。

すっかり満腹になり、腹ごなしに河原を散策していたら、息子が「パパ! こんなところにカマキリがいる!」と叫んだ。
見ると、水辺でカマキリがふらふらしている。

「変なカマキリだな…」と思った次の瞬間、私は悲鳴をあげた。
カマキリのお尻から、気味の悪い虫がにょろりと這い出してきたからだ。

「パパ! なにこれ?」と息子が私の服を引っ張った。
スマホで検索すると、どうやらハリガネムシという寄生虫らしい。

文字通り、ハリガネみたいに細い姿のそれは、体をくねらせながら水の中に消えていった。
息子にせがまれ、さらにスマホで調べてみたところ、この寄生虫は恐ろしい能力を持っていることがわかった。

ハリガネムシはカマキリなどの昆虫に寄生すると、宿主の脳を操って、水辺へといざなうという。
特殊なタンパク質を宿主の脳に注入することで、「水辺に行きたい、水辺に行きたい」と思わせるそうだ。
水に落ちた宿主は、当然、魚に食べられてしまうが、ハリガネムシはその前に脱出して、川のなかで繁殖活動をおこなう。

昆虫好きには割と知られた話らしく、カマキリのお尻を水につけて、ハリガネムシが這い出してくる様子を観察した動画まである。
この動画に、息子が食いついた。

「ぼくもやってみる!」と息子が草むらに駆けていった。
なんだか嫌な予感がしたが、数十分後、息子はスーパーの袋にカマキリをいっぱい捕まえて戻って来た。
やれやれ、やっぱり男の子だなぁ…と私は苦笑した。

息子は袋の中からカマキリを1匹つまみあげ、動画と同じように、そのお尻を水につけた。
「必ず寄生されているわけじゃないよ」と私が言い終わる前に、カマキリのお尻からにょろりとハリガネムシが這い出してきた。

おどろいた。
なんと半数以上のカマキリから、ハリガネムシがあらわれたのだ。
なかには2匹、3匹のハリガネムシに取りつかれていたカマキリもいた。

息子は取り出したハリガネムシを、手のひらの上で、うにょうにょ這わせている。
虫が苦手な私は、「ほどほどにしておけよ」と言い残し、妻のもとに退散した。

夕暮れ、ずっとハリガネムシをいじっていた息子に声をかけ、帰路についた。
よっぽど楽しかったのだろう。

帰りの車内でも、息子はずっと「水辺に行きたい、水辺に行きたい」と繰り返している。